2015/12/09

(まず間違いなく)プログラマの役には立たないブックガイド

この記事はpyspaアドベントカレンダー12月9日の記事です。

pyspaのチャットルームで、自分が読んで面白かった本について書くと興味を持ってもらえることが結構あります。基本的に知的好奇心の旺盛な人が多いからだろうなあと思います。

去年の末くらいから、pyspaメンバーたちの間でインターネットラジオが流行し、その収録のためネタにする本を適当に持って行くというイベントがありました。その時に取り上げたのは以下の3冊。




これらの他にも、持って行ったけど紹介できなかった本と、候補に挙がったけど持っていかなかった本が何冊もありました。せっかくなので、今回はそのなかから幾つかをご紹介したいと思います。今回は手に取りやすいよう、文庫と新書を中心にセレクトしています。

プログラマやその周辺の職業についているpyspaメンバーや、その関連でこの文章を読んでいる人達にはおそらく、というかほぼ間違いなく役に立たないと思うけど、僕にとってはとても面白かった本ばかりなので、興味を持っていただけたらいいなと思います。

さて。

職人』竹田米吉著、中公文庫

江戸の末期に神田の大工の家に生まれ、大工としての修行の後に西洋から移入された建築学を学び建築家となった著者の回想記。もちろん、新たな技術が移入されていく過程そのものも大変興味深いのだけれど、所々に挟まれる挿話が面白い。

神田の大工の若い者の仲間が、碑文谷の安という遊び人(中略)の一家と品川で間違いを起した。大工の若い衆が神田から一団をなして品川まで喧嘩に押しかける。品川の宿は大恐慌をきたし、軒ごとに雨戸を堅く閉ざし、碑文谷の身内は屋根に熱湯を用意して待機していた。

と映画の一場面のようなエピソードが語られ、さらに喧嘩の後に料理屋を借り切って仲直りの手打ち式をする様子などが描写されています。当事者目線だからこそ分かるような瑣末なエピソードが面白いです。

昔の日本の無頼な話に関しては『侠客と角力』(三田村鳶魚著、柴田宵曲編、ちくま学芸文庫)あたりも面白い。今のような上半身を低くした姿勢から始まる相撲は、享保年間の力士が始めたものだという話が印象に残っています。

コーヒーハウス–18世紀ロンドン、都市の生活史』(小林章夫著、講談社学術文庫)

ヨーロッパでカフェの原型として、17世紀中頃から1世紀ほどの間に大流行した「コーヒーハウス」を題材に当時の分野や風俗などを紹介する本です。

この本で面白いのは、「コーヒーハウス」が単にコーヒーを飲むだけの場ではなく、政治、経済、文化など当時のさまざまな社会活動のゆりかごとでもいうべき存在だったと紹介されていること。

外国から輸入されたコーヒーを楽しむ人たちが集い、それぞれのコーヒーハウスに集う人々の交流から政治活動が起こり、宣伝媒体としてのジャーナリズムが勃興するという流れがあって、ディケンズの『ピクウィッククラブ』に描かれている紳士クラブのようなものとも関連するんだろうなと思います。いま気づきましたが、それこそリアルなチャットルームとして機能してたんだろうなと思います。

もっとも著名な例としては、漫画『MASTER キートン』の主人公が調査員として契約している世界最大の保険会社ロイズの起源が、まさにコーヒーハウスだったそうですよ。

江戸はこうして造られた』鈴木理生著、ちくま学芸文庫

『アースダイバー』や「ブラタモリ」の影響もあって、最近は地形好きという事を口にするのが少し気恥ずかしい。本書は江戸の成立をテーマにした中でも、この文庫の底本になった単行本が1990年発行と古い部類で、この本に出てくる江戸前島の図は他の本でも数多く引用されています。

僕らの知っている東京と、その元になった江戸という都市が、入り江の埋め立て、運河の掘削(埋め残し)、河川の付け替えという壮大な土木工事によって成立していく過程を解説していて、今の目で見ても容赦のない土木工事ぶりに驚かされます。

関連して関東地方の河川流域ごとの神社の分布を調査した図とか、埋め立てのために寺社の移転とそれに伴う墓地の改葬(というか破棄ですね)が行われていたという話とか、江戸時代のある面でのドライさのようなものがプンプンと伝わってきてとても面白く、また河川が当時の高速道路だったという事に気づくきっかけにもなった一冊。

この本を読んで面白いと思った人は、鎌倉時代に東海道を旅した貴族の日記から当時の風景を読み起こす『中世の東海道をゆく–京から鎌倉へ、旅路の風景』(榎原雅治著、中公新書)や、大阪の上町台地が古代には岬であったことなどを教えてくれる『地形からみた歴史–古代地形を復元する』(日下雅義著、講談社学術文庫)あたりもお勧めです。

山の宗教 –修験道案内』(五来重著、角川ソフィア文庫)

熊野山、羽黒山、日光、富士/箱根、越中立山、白山、伯耆大山、四国石鎚山、九州彦山といった全国の山岳修行の聖地を、それぞれ1章ごとに紹介する。

世界遺産にもなって盛り上がっていた熊野神宮だけど、元々の神社は熊野川の中州にあったそうです、そこから熊野社本来の姿の話が語られるのですが、結構驚かされました。サッカー日本代表のエンブレムに烏が使われているように、日本ではカラスが聖なる鳥とされていますが、なぜカラスなのか理由の一端が窺えます。

関連する書籍としては、同著者による『高野聖』(角川ソフィア文庫)も、聖俗の境界にいた下層の僧侶たちの姿を垣間見られる内容で大変面白かった。

味覚法楽』(魚谷常吉著、中公文庫BIBLO)

この本だけ書棚から見つけられなかったのですが、北大路魯山人と同時期に関西で活躍していたという料理人、魚谷常吉が書いたエッセイをまとめた一冊。

この本には結構興味深いことが書かれていて、例えば『美味しんぼ』で有名になった「ワサビの風味を消さないように刺身の上に載せる」って話と真っ向から対立する事が書いてある。醤油に普通に溶いているのですが、確かに食べるのは刺身であってワサビじゃないから、こっちの方が魚の味がよくわかる。

もう一つは刺身の下ごしらえについてなのですが、「サク取りした魚に軽く塩をしてから酢水で洗う」と書いてある。実際にやってみたのですが、魚の臭みが取れて全く味が違います。我が家で刺身を食べるときはこれが定番。刺身については、よく「生魚を切るだけと」言われたりしますが、実際には「ほとんど生のように処理したマリネ」だと理解するようになりました。

他にも沢山あるんですが、今回はこんなところで。ところで、この文章を書くために本棚を漁っていたら、以下の本(上記『山の宗教』と立川武蔵の『ヨーガの哲学』)が2冊づつ出てきて困惑しているのですが、どなたか興味ありませんか? 先着1名様づつに進呈いたします。

追記:『山の宗教』は引き取り先が見つかりました。『ヨーガの哲学』はまだ空いております!


2015/01/12

ニッカウィスキー「カフェモルト」「カフェグレーン」

昨年末の事、ニッカウヰスキーの「カフェモルト」と「カフェグレーン」のセットをいただいた。どうもありがとう。

届いた包みを開けると「お歳暮」と書かれていて、実を言えば人生初のお歳暮ではないかと思う。自分がそれに値するような大人なのかと振り返ってみると、思わず身震いがする。もっと精進しよう。

Coffey Still

さて、カフェである。この名前はCoffey Stillという連式蒸留器で作った蒸留酒(麦から作ったMaltとそれ以外の穀物から作ったGrain)であることを示している。Coffeyというのは人の名前で、連式蒸留器の開発者。Coffeyさんはこの蒸留器の特許を取得したため、別名Patent Stillとも言われているそうな。

このCoffey Still、今となってはかなり旧式に属する蒸留器で、日本国内にはおそらくこれ1台。世界的に見ても数台しかないのだそう。最近、その名が改めて脚光を浴びている竹鶴さんご自慢の蒸留器なのだそう。

数年前、ニッカウヰスキーの宮城峡蒸留所を見物(見学ではない)しに行った際、一番楽しみにしていたのはこのCoffey Stillだった。が、蒸留所の方に見学コースを案内していただいてピートのカタマリを持って写真を撮ったり、余市蒸留所と同じく注連縄の貼られたPot Still(単式蒸留器。銅でできた大きなフラスコだと思えばいい。一般的なモルトはこれで2回蒸留されて作られる)を見たりしたけど、結局最後までCoffey Stillがコースに登場することはなかった。

少し躊躇しつつ、案内員の方に「Coffey Stillは見られないのですか?」と聞いてみたところ、少し申し訳なさそうなご様子で「今は操業中なので」という答えが返ってきた所で気が付いた。

連式蒸留器で生成されるアルコールの度数は70%を超える。そのくらいの度数のラムやウォッカのラベルには「火気厳禁」の注意書きがされている。蒸留器の周辺には気化したアルコールが充満している可能性があるし、もしそんな状態で静電気の放電でも起きれば大惨事になるだろう。

ということで、その時はCoffey Stillの置いてある建物の写真を撮って満足して帰ってきた。後からバーで聞いた話では、バーテンダーさんが見学に行く際は、あらかじめCoffey Stillが操業していないタイミングを見計らって行くことが多いのだそうだ。何事にも先達あらまほしきや。

Coffey Stillの味

実はこんなことをクドクド書いているにもかかわわらず、今までCoffey Maltを飲んだ事が無かった。典型的な耳学問の未熟者である。とはいえ、ニッカのウィスキーが普及帯のものまで美味しいのには、このグレーンの存在が大きいと思っていたので、今回飲む機会をいただけとても嬉しい。

年末に口を開けて、何度か飲ませて貰った。美味しい。カフェモルトの方は最初オレンジのような香りで、後から麦の甘味と香り、それからカラメルとスパイスのような残り香がある。ブルーチーズにハチミツを垂らしたものとか、あと実家で貰ってきた黒豆なんかがよく合う。少し甘さのあるものが合うみたい。

カフェグレーンの方は、やはりオレンジのような香りは共通しているけれど、後からバーボンと似た花のような香りを感じる。こちらも甘味を感じるけど、おそらくアルコールに由来するもので、後味はモルトに比べるとややスッキリしている。こっちはゴーダチーズやナッツ類なんかと一緒に飲むのが美味しかった。少し脂っ気があるものが良いんじゃないかと思ったので、次はベーコンを切る。

どちらも他のウィスキーにはない個性があって、どんな食べ物と合わせるとイイかなと夢想したり、加水の量を変えてみたりと試行錯誤をするのが楽しい。